すごいぞ霊の元つ国 すごいぞ日本人
      〜21聖紀をになう子どもたちへ

スピリチュアル


見えない世界

極大・極微

何もない 真空の世界がありました。
真空とは 空気などの物質が 全くない状態です。

10のマイナス 44乗秒後 に 始まって
10のマイナス 33乗秒後 に 終了したという

つまり
1秒の 1兆分の 1を
さらに 1兆分の 1にして
さらに 10億分の 1以下にした

とてつもない わずかな時間で
宇宙に 揺らぎが起き 異常発生した というのが

インフレーション理論。

科学の最先端の 理論です。



そして
137億年前(150億年前 とも言われる)
に 一瞬にして起こった 爆発で 宇宙が生まれ



その後 宇宙が 膨張を続ける中で

素粒子や 原子 分子 銀河 星 生物
そして
人間 が創られた と考えられています。





1年(365日)に 当てはめてみたら
宇宙の誕生が 1月 だとすると 
それから 90億年以上が経って

今から 46億年前  
やっと 8月に 地球が誕生しました。



ドロドロの 地球が誕生して 修理固成され
やっと 4か月 5か月後の 
12月 の年末に 恐竜 魚類 爬虫類 両生類 鳥類 哺乳類 時代。

12月31日 21時30分 ヒト が誕生
        23時59分 55・4秒 キリスト誕生
        23時59分 58・12秒 鎌倉幕府誕生
        23時59分 59・07秒 江戸幕府誕生
        23時59分 59・65秒 ペリー来航
        23時59分 59・945秒 現代

人類の歴史は 宇宙のスケール で見ると
ヒト が誕生してから の
たった 
数千年 の間が
極めて早い速度で 進化 変化 が起こりました。

ほんの 瞬きをするような 一瞬です。

古神道 では 
3000年 瞬きの如し 
3000年 で 1ページをめくる という言われているそうです。

今 現代 
私たちの 生きている 長くて100年の寿命は ほんの一瞬。

そして
まだ 宇宙は 膨張 成長 を続けています。



そんな中の 地球の生命体である 
私たち 食物 動物 物質は

細胞→分子→原子 から成り立っています。

1つの原子は
中心の 原子核(陽子 ようし と 中性子) と 
その周りを 飛び交う

電子 から できていますが

陽子 の数によって
その 原子が

水素 H なのか 鉄 Fe なのか 
何かの 目に見える物質 という事になります。

人なら 人。動物 野菜 お米 など
原子の 集合体の 生命 物質は
1つ の細胞の 更に 小さな 小さな 

素粒子 からできている事がわかりました。

超極微 の世界で見たら どれだけ膨大な
空間 があるのか。



真ん中の 原子核を 1個の梨 に例えると



その周りを飛び交う 電子 までは 600mの 
真空 なんだそうです。

ですから
人の身体 あらゆる全ての 物体物質の 細胞の集まりは
実は
スカスカ の 穴だらけ という事になります。

600m という 膨大な真空(しんくう)空間。

何もない 真空に
何を染み込ませていくかが 大事なのです。

般若心経 では 空即是色 色即是空。相即相入。



また
計り知れない 不可思議な 神聖 という意味の場所
霊界 とも表現され

ここに どんな想いを満たすのか が
大事なんだそうです。

お釈迦様 が
天上天下唯我独尊(てんじょうてんが ゆいがどくそん)
と言ったあれです。



自分が偉い 
って 言っているんではないいんですよ。
皆さん それぞれが 神聖な 極微の霊界 を持っている。
神様から 分けられた 魂 を持っている。

神様と 同じ尊さ を持ってきて 生まれてきた 
と いう事を言っているんです。

物質を 細かく砕いていき
それ以上 分割できない 究極に小さい粒子が
素粒子 です。

身のまわりの物質は 原子 でできている事は わかっていましたが

原子は 原子核 と 電子 でできており
この
電子 こそが 素粒子 です。



1個 の梨 で例えた
原子の 真ん中の 原子核 は 

陽子 と 中性子の 2種類の粒の中の
更に
クオーク が 3つ集まったもの。

この クオーク こそが 素粒子 です。



地球 を 原子 の大きさに相当するとすれば
野球場 が 原子核。
ボールが 電子や クオークなどの素粒子。

その
スカスカの 隙間だらけの 極微の 60兆の細胞を

浄めるのか 
気が枯れる 穢れ(きがれ けがれ)るのか が
分かれ道です。

目には見えないものは 存在しない 
と 考えられがちですが

細胞 1つ にしても
コピーの研究はあっても 人間の力で 元からつくれない。
根本原理が ほとんどわかりません。

この スカスカの部分に当たる
秘めた心 秘めた想念。

霊的な細胞
とも言える部分を きれいにしていく事が大切になります。

理屈抜きに 
フッと湧いてくる想い。 想念。
それが きれいになるという事。

魂 がきれいになる。
松果体(しょうかたい)の辺り。腦砂(のうさ)も浄まってくる。



人間は
好きとか 嫌いとか
損か 得か 4つしかない などと 物質的な事を言う人がいますが

私が 好きだから 良いもの 
とは 限らないんです。

嫌いなもの。 
どうしても馬が合わない というのはありますけれども

だから
挨拶 が大事なんです。
挨拶 1つで 雰囲気。気が変わるんですね。

よく分析すると 自分の都合 によって 
嫌い なんです。

私は 赤 が好きなら
もう
青 を見る事 はしないんです。最も愚かな事です。
自分は 赤が正しい。好き。
だから 青は正しくない。嫌い。

でも 相反する
赤 と 青 と一緒にしてみれば 紫 という 素晴らしい色ができるんです。
和合 する という事。



自分の癖 を清算するために
和解 をするために 苦手な 嫌いなものと出会った。
なので
生きているうちに 克服する。精進努力をする という事。

魂は 続くんです。
死んだら 終わりじゃあないんですね。

嫌い 苦手なものを リセット。はい終了。バイバイ。
と 簡単にしてしまわないことです。

意味があって それが自分の前にあるのだから。

目に見えないものこそ 世界観 があるんです。
目に見えるものは ほんの1部なんだ という事です。

質量を与える ヒックス粒子 というのが
微生物以下の 小さな 小さな存在で



実は 宇宙の空間を占めているんだ というのですが
昔は
結びの神 と 1言 で言ったんです。

相対性理論
量子力学 の研究は進みました。

観念論 というのものがありますが
宇宙の果て。 誰か 見てきたんか?
という 話ですが

ダークマター と言って



どうも 
ズボズボ 光線 を突き抜けているものがある。

あるものと あるものとの間を 引っ張っている
力つないでいる 接着剤 みたいなものがある。
それを
証明する 学術が立てられています。

大きな 大きな存在も
昔は 簡単に 

結びの神 と言ったんです。

これで 通じたし 
これで わかったんんです。

今は 証明してくれなければ わからないもの 
というような 構造になっていて
科学万能 だと思われています。

現代科学で 証明ができないものは 
迷信 なんでしょうか。



本当は 惟神(かんながら)のミチ というのは

生活様式の 知恵 叡智(えいち) 智恵 であって
なにも 
特別なもの 特別な人がやるもの という事ではありません。

人は 動物 とは違って
有難いなぁ と 思う事があると思うのですが

本当に 有難みを感じ 感動を感じて 心が動いた時に
どういう 行動をとるのかといったら

そういう時に 人は
無意識に 手を合わせるんです。



足を合わせる人は あまりいませんよね。

そして
手を叩くんです。
ブラボー!
スターティング オペレーション です。



重要なのは
手を合わす という行為は 自然発生的に 起こってくる気持ちがあって
それに対して 心が動いて 感動してきて
感謝の意 が起こる。

自然に湧きあがってきたら 行為を起こすんです。

手を合わす。

世界中の人は 自然発生的に 感動したら 手を合わすんです。
感謝 感激 感動 の現われなんです。

なにも 宗教だから というものではないんです。
元を 教えるのが 宗教ですから

生活様式 なんです。

だから
私たちは 身体が知っているんです。

今は 記憶喪失になっているんです。



自然観を 思い出して 
太陽が 空気が 水が 全ての自然の 恩恵を 
気付いて 思い出した時に 手を合わすんです。

今の 日本は
蛇口をひねれば 水が出る お湯が沸く。
コンビニも スーパー もある。

宇宙の中で 狂いなく
時速 約1700km という すごい速さで 自転している
地球 で 吹っ飛ばされる事も無く
生活しているわけです。



太陽の周りを 時速10万km というスピードで 
地球は 公転していて
それが 止まったら 地球は 太陽の重力で 引っ張られて
吸い込まれてしまいます。

当然では ないんです。
本当は 有る事 が 難しい。
だから 有難いんです。

有難い と 感動をする事を 実践する事が大切なんです。
簡単な事だけれども できていないんですね。

自力本願(じりきほんがん) 
他力本願(たりきほんがん) という言葉がありますが

自分を知る には 
自分を見ている人 に聞かないと わからないんですね。

全て 自然発生的な 元があり
それを 
つないできた 何か。物。つないできた人たち。
が いるとしたら

神前 仏前 を 家で祀る という事は
見えない何かと 日々 アポイントを取る という事なんです。

自力本願(じりきほんがん)とは
自分の努力 を持って 道を開く という事で



そして
他者 に 助けられ
神 仏 先祖 に 助けられ



常に 守護していただいて 生きているんだ。
見えない 背景に 
常に お蔭の様子。お蔭様 があるんだと気付いた時に

感謝が起こって
普通に 何も無いものが 有難い と湧きあがるわけです。

砂浜を 歩いたいたら 足跡がある。
見ると
4足 の足跡が付いていた。

ですから 2人いるんです。



四国 88か所の巡礼 のお遍路では 
同行2人(どうぎょうににん) と言って 杖が 守護なんですね。



ある時 見ると足跡が 2足 になっていた。

これは 守護霊 がいなかったんだと思った。
私 1人 で 歩いてきたから
私 1人 で 辛かったけども 
私が 頑張ったんだから

と思った時に

後ろに付いている 守護霊が 1発 を入れた。
バカ者め! と。

あの時 
死にかけたのは
辛かったのは 実は

私が お前を 背負って歩いたんではないか と。



お前は
あの時 歩けなかっただろ。
と 言った。

苦境の時に ふてされて 歩けなくなった時
動けるのに 動きたくない とか。

でも必ず 役命をもった 自分と同格の 先祖の代表
守護霊 というものがいて

その上に たくさんの先祖がいて
その
遥か遥か 宇宙の果て のように
高いところに つながっている神様 に助けられて
生きている



という事なんです。

自分たちが ダメダメ な時でも
守護霊 が 自分を背負って 歩いてくれる。

これに 気付いた時
まさに 守られている。
自然の 宇宙 から 微生物 素粒子 
極大 極微 に至るまで 
お蔭様。御(おん)蔭 に感謝が 湧いてくるはずなんです。

人 として 使命 をいただいた限りは

命(いのち) という 
使命 
役命 
命令 によって
生まれてきているのですから

人格の完成。 
秘めた心。想念の完成 を目指していきたいものです。



言霊

言葉の力を

言霊(ことだま 清音 では ことたま) と言います。

心の奥の 秘めた所の 想念が 言霊になり
それが
言葉 になって 発せられ
行動 になります。

言霊は 魂。
なので 言葉は 生きている という事。
言葉 そのものに 力 パワー があるわけです。
なので

自分の 欲 から出る思いを 口から出してしまう 
言挙げ(ことあげ) と

清い 想念 から発する 
言霊(ことたま ことだま) を 峻別しなくてはなりません。

言葉は 人間の 想念の波 を 相手に移すわけですが
善 の想念 利他愛 の想念 で 発した言葉は いい光が乗るけれども



悪い 想念 で発すると 言霊の色が 黒ずんでくる と言います。
自分の 
細胞 家庭 学校 社会全般に 対する影響力 が
どのような 波紋 を起こしていくのか。

なので
正しく 美しい言霊は 
家庭でも 学校でも 会社 でも 極めて大事です。

万葉歌人 である
山上憶良(やまのうえのおくら) が



言霊の 幸はふ(さきはう)国

言霊によって 幸せになる国。

柿本人麻呂(かきのもとひとまろ) が



言霊 の助くる国

遣唐使 に 出向く 知人に対して

言霊 によって 日本は助けられる国 なんだから
善い 言葉を出すと 守られますよ。
私 の発する 言霊 に対して あなたは 守られますよ。

と言っています。

大昔は
和歌 というもので 

神官 が というのではなく
一般人が 普通に 神様と疎通 をとる というのは
日本人の 生活の 習わしだった とう事で

毎日 毎日 神様が 何を言わんとしているのかな と
耳をそばだてて 目を凝らして
それに対して



ものを述べる 神様に ラブレター を送る お伺いする
というのが

和歌 であり 
57577 の波調に 乗せて 歌を詠んだ。

そして
短歌 になった という事なんです。

自分の発した 言霊 とおりの 人生になる。
運命を 決めるのは 自分だ。

と よく言いますが
何が 決め手 かといいますと そこに 言葉が 存在するからです。

否定的な言葉 を出す人は 
否定的な人生 になる。

愚痴の多い人は 自ら発する 愚痴 によって 人生が引っ張られる
と いう事がある と言っていいと思うんです。

自分は 何者 と考えると
今の自分は

自らの 発してきた 言葉の結晶体 なんだ



というくらい

言葉は 大事であり
言葉は 生きているんだ という

これが 言霊信仰 という事になります。

ですから
言挙げ せぬ国 として 言葉を慎重に出す。
余分な 余計な言葉は 出さない という意味です。

きれいな 言葉
きれいな 日本語 を使う。

美しい 言葉を発する人。言葉が 人格をつくる事になるでしょう。



漢字が伝わる以前から 日本列島で 話されていた言葉が

大和言葉 和語 です。

縄文時代 以前から
もともと 話されていた言葉で

漢字の 
訓読み に当たるのが 大和言葉 であり
音読み の方が 大陸から入ってきた 読み方 という事になります。

漢字 以前に 文字が無かったのか というと
超太古は 今の世界地図 のイメージ ではなく
地続きなので

霊の元つ国
として 人類発祥の地 と言われるところから
大陸を渡り そして 大陸から戻ってきたり

の中で 古代文字 として



日(アヒル)文字 
ヒフ
シュメール
ペトログリフ
天越根数(あめこしねかず) など

神代文字(かみよもじ) が 伝えられていた という事です。



言葉の 1音1音 に 意味がある。
つまり
力が 籠っている という事になるわけです。

例えば
神主さんが 神様を お呼びになったりとか お帰しする時の 音。

おおおおおぉぉぉぉぉ!!! と 「お」 で 呼び お帰りされるわけです。

「お」 は 偉大なものを 感じる 表現されるわけです。
「ひ」 は 燃えているもの。エネルギー。
「し」  という 音 は 水 が表される。

「あ」 は 開く。開き 弘がる 開顕。宇宙のビッグバンです。
「う」 は 閉じる。有る。生む。実在させる。
「ん」 は 終了。

金剛力士像(仁王像)の 
阿形(あぎょう)像 と 吽形(うんぎょう)像 は有名ですが



阿(あ) が 始まりで
吽(うん) が 終わり。 阿吽(あうん)の呼吸 とも言います。
祈りの凝集 です。

1音 1音 が 感動の表現です。
我々が 使っている 日本語 大和言葉 には
1音 1音 に 意味があって 

だからこそ
そこには パワーを込める事ができる。言葉が 生きているのです。
なので
言葉は 意思 伝達 の 手段 と考えられます。

言葉
それ自体に 霊力 がある。力がある という事です。
言葉は 生きている。

もっと私たちは 言葉を貴んで 言葉の持っている 力を生かして

若い人たちには
言葉によって 自分の人生が 開かれて行くし
言葉によって 相手を 世の中を 変える力 を 言葉は持っている。



しかし
空虚な 言葉を出すから 空虚になるわけであって

力の 籠った言葉を出す。発する事に 意識を持っていただいて
そして
言葉に出した時には 

実行 が伴うように 努力をされて
実行 実践 するから 言葉を発する という

知行合一 (ちぎょうごういつ)
言行一致(げんこういっち) と一緒で

未来をつくっていくのも
今から これから発する 言葉 によって
その人の 人生は 変わっていくわけですよ。



占い師にしても 来た人の出す 言葉によって
あぁ この人は こうなる という事が 粗方見えてくる という事です。

言葉の選び方 使い方 ちょっと意識を置いて
日ごろ使われると いいのではないかと思います。
なので
子どもにも ネガティブな言葉は 使わない。
言葉に 力 があるからだ という事です。

その ネガティブ な言葉で そのようになっていく という事です。



自分の 名前 を授かるという事も

自分に対して
1番重要な事を 投げかけられるんです。

色んな人から 名前を呼んでもらう。
それが
自分という 存在 である という事を 

名前を 何回も 何回も 呼ばれる度に 自覚していくんです。
名は 体を表す と言います。

しっかりと 自分の名前に 
歩んでいかなければいけない 使命 が託されているんです。

全く 無駄に生まれてきた 生命体 は
この世には 無いんです。



意味があり 使命があって 生まれてきたのだから
1つずつ 時間をかけてコツコツ と 全うしていく
という事です。

なので 
言霊(ことたま ことだま)が乗った 言葉 は 大切なんです。

言葉 によって 民族の 連続性が保たれる。
生活や 文化が 続いていく。
言葉は 1番の要 になるのです。

世界の言葉は 言葉の数の 数え方にもよりますけども
大棟(おおむね) どれくらいあるかと言いますと

6000くらいある。

しかし
2週間に 1個 消えていく。
伝承されず 話し手が いなくなるという事で
もう途絶えるという 絶滅危惧種 にあたる言葉が たくさんあるんです。



少数民族に限らず 言語政策により
日本語に 制限をかけるような事が 行われた場合には

危ないわけですよ。

明治時代に
漢字をやめよう とか ローマ字 英語を 公用化しようなど。
また
戦後は フランス語にしてしまおう という動きもありました。

今でも
会社の中で 英語しか使用しない などという話もあります。

我々は 日本語で 感性を養ってきた民族であって
日本語の 言語能力が 低い子どもは

英語が上手くならない という話もあります。



ベースである 日本語の 言語能力を身に着けてから
外国語をやっていかないと

単語 を覚えるのは早いけれども
日本語の上に 外国語を学ばないと 活用ができない という事です。

日本という国は 古来から

神話 信仰 言語 民族(国民) の 4つの要素が

1つに連なっている国なのです。

古来から 神道は 宗教とは言えず
生活様式 の一部なのです。

古代人の 素朴な信仰心が 今に伝えられているものです。

大和言葉 の

天(あま) 照(てらす) 大(おおきな) 神様を
太陽を拝む事 として



大(おおきな) 国(くに)の主(ぬし)の 神様 を
大地に 感謝する事 として



全てのものの 霊性 を認める事
歴史を担ってきた 先祖 をお祀りする事 など

これらを 色濃く残して 伝えて来たのが 神道 です。
神話は 大和言葉 で伝えられているんです。

日本人の 国民の祖型 は
縄文時代 につくられていて

縄文時代は 1万数千年間 続いたんですね。
そんな昔から 我々は
血筋において 連続性 がある という事です。

ところが
弥生人が やって来て 縄文人 に取って代わられた。
縄文人 は どっかに追いやられた と
学校で 習う事が多いのですが

最近の DNA鑑定の研究で
日本人の ベースは 縄文人だった という事が 明らかになっています。

弥生人 も 縄文人 だった。



大陸から 来たものにも

新しいもの 善いものは
どんどん 取り入れる という 積極新種 の心を 持っている という事です。
だからこそ
連続性が 保たれてきた という事です。
本当の 保守というのは その意味を持ちます。

中学生 くらいでも 古文 を勉強すれば
1000年前 の書物の 源氏物語 など読める。
何となくでも 万葉集 の歌の意味 が すっと入ってくる。

そんな国は 日本しかないだろうと思います。

英語も
数百年前 になると わからないそうです。

ギリシャ にしても
ギリシャ神話の 神様に お参りをする 拝む
という姿は 見受けられません。

神話 と 信仰 は途絶え 
言語も 古代ギリシャ と 今は違いますね。
血筋においても 民族の移動 があるので 切り替わっているわけですよ。

かつて
2000年くらい前
エルサレム を ローマ軍が 包囲したわけですよ。
死者 と奴隷 がいっぱいです。
これが 戦争です。



ユダヤ系の司祭が 
敵方の ローマ軍団長に

焼け跡から 生き残った 孤児たちを集めたい 
そして 
教育をしたい。
言葉を通して 歴史を 教えたい。
と 
申し出たそうです。

言葉をもって 誇りある 歴史を伝えたい。

祈り と 言語 と 歴史 

この 3つを 伝える事によって
ユダヤ民族は 絶滅の危機を 免れたわけですよ。

日本は まだ
そこまでの 危機に陥っていないですが
色々な形で 西洋化して

文化に対する 制限 がかけられてきて
うっかりすると

我々は 言葉を失いかねない という事です。

じわじわと 消えていく状態ですから
ゆでガエルの 例えのように



熱湯に カエルを入れると熱くて ピョ〜ン! と飛び出してきますが
水から 徐々に沸かしていくと 
茹であがって来ているのが 気付かない。

戦後から 100年たった頃。
気が付いた時には 身動き取れない
という 状態になっている という事が ありうるわけです。





敗戦の時に
歴史や 
言葉も 東洋漢字になり
言語も これは言ってはいけない と 制限を かけられているんです。

民族を絶やそう とするには
歴史とか 信仰とか 言葉を 奪ってしまうと

人は 生きていても
記憶とか 伝承の つながりが無くなれば

その民族は
消えて 無くなるんだ という事を 歴史が証明しているんですが

日本は幸いにも まだ
途切れずに来ているので 危機感が薄いのです。

けれども
ユダヤの人たちが 必死で守ってきた事を通じて
日本の 私たちも 考えていかないと

言葉は 2週間に 1つ 消えているんだ

という事を 頭に置いていかないと いけないと思います。

日本のように 1000年。
それ以上に
言葉をさかのぼれる 国は 他にありません。

国柄として 皇室があったからこそ 保たれてきたんです。



我々が生きた証が 後世に受け継がれる。
そんな国が 日本なんです。

ほとばしる 1言 1言の言霊に 光の種が宿るよう
その 
種から 光の芽を出していくよう。



輝く花を 咲かせたいものです。



引用・参考文献 / 林秀臣さん 縄文のコトダマ / 神谷宗平さん / 表博耀さん ネオジャパネスク 他



波動・霊性・叡智・欲

赤ちゃんは 脳天が 柔らかく ペコペコしています。

脳天 から

宇宙のエネルギー 
法 
波動
生命 が入ってきます。
百会(ひゃくえ)という ツボもありますね。



そして
脳天の 凹みより下

医学的には 松果体(しょうかたい) 腦砂(のうさ) の辺り で
光を 感じ取る場所 とも言われています。

第3の目 がある と言われ
叡智(えいち) をとらえる事ができる。



動物には無い
人という存在は 理念 を 持っています。

霊性 とよんだり 何のために という

向上する 
という 想いが湧くのです。



先の大戦で 日本は コテンパンに打ちのめされて
何もかも 無くなってしまいました。
しかし
見事に 経済復興 を 成し遂げていったわけです。

奇跡の国 と言われているわけです。

戦後
日本は 異様なまでに 遠ざけられてきた
スピリチュアル なものが 
そろそろ 表に出だしてきました。

日本人が 
太古から 連続性を持って 同一性を持って 
受け継がれている アイデンティティー として

感覚的なものが 記憶 として蘇ろうとしています。



日本人 が 生まれながらにして持っている
感性 霊性 は
永い歴史を 
苦難を乗り越えてきた 生きてきた民族の 末裔だからです。

真 善 美 の世界を
求めていく事が 考えられるようになってきました。

空気が読める人 雰囲気がわかる人 先に察知できる人。
肌で学ぶ。背中で学ぶ。
後ろ姿で 
目で ものを言う。

感じる という事 なんです。
勘(かん) なんです。
甚だしい 力 と書きます。

それが 開くのが 第3の目 なんです。

そして
おへその 少し下には 欲心(よくしん)を 抑制する場所があります。

腹が立つ
疳(かん)の虫
腹黒い
あれが 欲しい。
損得勘定。ワガママ。



自分の快楽 だけに使う 欲は 小欲。
理性で 押さえなくてはいけません。

聖書に
アダムと イヴ が リンゴを食べてしまい
神様から 楽園から 追放されてしまう という神話は有名です。

本来 欲は
善い事 のために発揮する

世のため 人のために と
大欲(たいよく) を持つようにと 欲心が 与えられた という事です。

欲は 我のために 
我欲 として 角を出してはいけない。

そういう事をしては いけない と言ったのは
アインシュタイン博士 でしたが



先の大戦の
最後の 切り札 としての 

原子爆弾を 
開発し 使われてしまったんですね。

オッペンハイマー博士 も 



日本の 湯川秀樹博士 も



核原子 の研究した学者たちの 結果 として 

戦争に使われてしまった。
それを
日本 にだけ 落とされたんですね。 

世界中の 科学者は
75年 草木は生えない と言ったんです。

ところが
原爆投下された 次の年から

被爆桜 が 咲いたんですね。



後の研究によると
学術的に 日本の 土と菌は 他の国と 違うらしいんです。
微生物にも 何かが宿っている。

焼け野原で 全て失った と思った場所が
自然は 何とか 元(もと)の気。元気に 戻ろうとするんです。 
なので
自然は 征服できません。正しい方向に 戻ろうとします。

人も 同じく 
神性 霊性 を発揮する 再生の力を授かっているはずなんです。

東京大学 当時の 帝国大学 の文学部出身の
科学者 であり 芸術家 であり 
世界では有名な方で
浄土宗
山本空外(くうがい)和尚 という人が います。



広島で 実際に 被爆された方です。

先に
湯川秀樹博士が お弟子になっていたのですが

オッペンハイマー博士は 懺悔をしたい と
山本空外(くうがい)和尚 のところに 教えを乞いにきているんです。

お墓も 並んでいます。

アインシュタイン博士 は
相対性理論 から 量子力学 に入って時に
最後に 悟った と言います。
自分の娘に 手紙を送った という事なんですね。

日本に来る前に
お忍びで 中国大陸に行った時に

石投げを している子ども達に 聞いた事で 気付くんです。

どうして あそこまで 石が飛んでいったのか。
すると

おじさん そんな事も知らないの?
それは
石が あそこに行きたかったからだよ。

それを聞いた アインシュタイン博士 は

ダジャレ ではないですが
石 にも 意思 がある。

と気付くんです。

方程式まで 書いているんですね。



太古の昔から
日本は 音霊(おとたま おとだま) 言霊(ことたま ことだま) 
というものが ありますが



木々の サワサワ と揺れる音。
鳥の声。
光の揺らめき。



こういうのを 波動 と言うんです。これを 感じる事ができれば
前と 去年と
光が違う。変わってきているよね。
というのが わかるんです。

木々は 地面の下で 根っこで つながっている。
脳の 毛細血管 と一緒です。
これが
情報交換をしているんです。

土の中にも 微生物 の意識があります。



風にも 意識があり
風の吹き方も それぞれ違う。

ざわめき や 自然の音。
こういう事を 感じる。

それを
石に 意思がある という 
アインシュタイン博士 の 気付きなんだろうと思います。



感じる という事は重要で
統計学 や 科学 は 素晴らしい研究結果の 礎ですが

神様の さじ加減。神一重(ひとえ) と言いますが
人間の知恵 を 遥かに超えるもの があるんですね。

次の未来を 感じ取れる人

増えてくると 世界が変わるんです。

なので
アインシュタイン博士 は

自分は 気付いた。
絶対的な 愛 が 宇宙にある と。
これは
絶対的な 力 であり
むしろ
意識だ と言っているんです。



でも 当時これは 
今の人に 言っても まだわからない。今の人類には まだ早いので
時期が来たら 必ずわかる人が 出てくるから

と言っているんです。

愛 というものが 
この 宇宙を 地球を 動かしている。
その中で 私たち 人間を生んだ。

それを
絶対愛 で 守ろう 。.育もう。 
と する以外にない。

戦争の 爆弾よりも
愛の 爆弾 をつくって 世界中にばらまけ と 書かれていた 
との事 です。


 

世界の 最高峰まで行った 科学者 は いち早く気付いて
どのように 流布したらいいのか 
を すでに 考えていました。

欲は 善い事に 発揮しないといけない。

肚(はら)を決める 
肚に 力を入れる。

と言います。

頭で考えると 不安定さが出てきます。
知識 だけではなく 

肚を決めて 力をいれて 行動に出る。

何のために 欲を 発揮するのかが 大事です。



遺伝子

遺伝子の研究は すごい進歩をしてきました。
その 1つの ハイライトは

人の 遺伝子暗号 が 全部解読された という事であります。

遺伝子は
親からもらって 子どもに伝わるのですが
最近わかった事で

遺伝子の 2% しか 働きがわからない
と いう事です。

そうすると
未知の 眠っている
良い 遺伝子のスッッチを ON にして
良くない 遺伝子を 消す事ができれば

私どもの 可能性は
まだまだ 伸びる という事です。

運動 食べ物 で スイッチの ON/OFF になる事がわかりました。
あと
心の持ち方で 偽物理効果 というものがありまして
心の働きで 遺伝子の ON/OFF  が 起きるという事です。



陽気な スイッチ が ON になる という事です。
有難い もったいない 喜び 感謝 感動
素晴らしい 美しい 嬉しい 楽しい 元気

祈り までもが スイッチ ON になる。

笑いによって 
糖尿病患者さんの 血糖値が 下がります。

どの民族の 神話 にも 笑い が出てくるんですね。

天照大御神様(あまてらすおおみかみさま) が岩戸(いわと) に隠れたら
世の中が 真っ暗になったのが

笑いの 大宴会 で出てきた という
古事記の お話もあります。

神話を 馬鹿にする人がいますが
神話を 忘れた国は 滅びる という風に言われています。





主食になる
稲の 遺伝子情報を 知っている国は強い という話ですが

日本人は 稲作をしてきました。
何とか 世界で 1番に
日本で 稲の遺伝子の 研究結果を 発表したい との事でした。



科学は 2面制があって

理性 と 知性。 
客観的 と 理論 が大切なんです。

もう 1つは

感性 です。

それから 直感 霊感 インスピレーション というもの。

常識を 超える研究は 勘 なんです。
甚だしい(はなはだしい) 力(ちから)。
あとは
絶対やるぞ! という熱い想いです。

何度もだめだ と思いましたが ピンチはチャンス。
世界の国に 先に越される前に
お米の研究は 1番に 日本がやろう という想いでした。

身体の設計図の 遺伝子暗号が



人間に書けるはずない。誰が書いたのかわからない。
人間の 知恵 を超える世界がある。

神 仏 と言うと 科学者は 

あいつは もう終わり

言われるのですが

目に見える 
自然の 太陽 山 とか 川 とか 海 とか

目に見えない 測定できる 
自然の 水素 とか 酸素 とか

そういうものではなくて
目に見えないけれども 非常に不思議な働きをする

至然(しぜん) がある。

人間によって 本当に大切なものは
目に見えないんじゃないか。

心 とか


魂 とか



全ての生き物に
遺伝子暗号を 埋め込んだものも 目には見えない。

今は 目に見えるものだけを 追うようになり
お金に 換算できるもの。
データー の出るもの に 価値をおいています。

しかし
本当に大切なものは 目には見えない。

人知を 超えるもの。
それを 疎かにしてきたのではないか。

私たち 科学者は 反省しなければならない。

地球は 46億年前から あるんですよ。
人類が できたのは 20万年前。

近代科学 は 300年前なんですね。

46億年前の 地球の事を まだまだ知らないんです。



目には見えない存在のものを

サムシング グレート という風に 言ってきました。

神も 仏も 無い。
という人も

あなたの 心の中に
サムシング グレート が ありますよ。 

あなたの 遺伝子暗号を 書いたのは 人間ではないんです。
何かわからんから 
サムシング グレート って言っているんですけれども。



その定義は
命の元の親。親のようなものですよ。

心臓を動かしているのは 私どもじゃあないんですよ。

今 遺伝子工学 という所 におりますが
人の インシュリン は 大腸菌で つくる事ができるんですよ。
全ての 
生き物 微生物 植物 昆虫 動物。

過去 38億年 の歴史があって

全ての 地球の 生物が
全く同じ 遺伝子暗号 を使っている事が わかったんですよ。
世紀の 最大の発見ですね。



だから 大腸菌は
人の 遺伝子暗号を 解読 できるんですよ。
同じ 遺伝子だから。
でも
世界の科学者を集めても 元から 細胞 1個つくれないんです。
コピーは できるけれども。

大腸菌が 何で生きておられるか
という
基本原理が まだ わからないからです。
私どもは まだ手も足もでない。
細胞 1個 でもすごいのに

私ども は 60兆 の細胞からできている。
その
1個の細胞が生まれるのの 確立は

ジャンボ宝くじ 1億円が
連続 100万回当選するほどなんです。

どれほど 確立上で有難い事か。
それを 60兆も持っている。

しかし 成人体重で 1kgあたり と計算しただけで
ホント言えば 誰も 数えた事がないんです。



60兆 は 億の 1万倍 なんですよ。
そんなに たくさんの細胞は
なぜ
喧嘩をしないのか。

毎日 毎日 プログラム通りに進んで
私ども の細胞は 身体のコピー を繰り返し
誕生 と 死 を 繰り返しているんです。

誕生 と

死 は



ペア なんですよ。

死ぬ というものは 卒業なんです。
寿命 と言いますね。

天命 という
目に見える 肉体があった この世で
命を使う と書く 
使命を 全うできたのか。

病名がついた身体は 病体です。

病気は
気が枯れる事。穢れです。死 とは違います。

元気 やる気 根気 本気。
全て 気 なんです。



なので
その人の 宿命 運命 は多少 変える事ができます。

どうしたら 変えていけるのか。

働く という言葉 がありますが
意味は
働き合う。端を楽にする。

お互いが 楽に 幸せになるために 働くんです。
相互扶助(そうごふじょ) お互いが 助け合い 支え合う という事です。
そして

あなたに 愛されたい 癒されたい という 貪る(むさぼる)ばかりではなく
あなたを 愛したい 癒してあげたい
という 想いになった時に

オキシトシン という 愛情ホルモン が出るそうなんです。



お互いの 施す 受ける の想いが 合致した時に
奇跡的 な事が起きる。

相手の事を 自分は さておいてでも 
治してあげたい。
愛してあげたい。
癒してあげたい。
育ててあげたい。

大愛 の気持ちに 成れば成るほど オキシトシン が たくさん出る。
すると
今度は 自分の 病も 悩みも 治してしまう。
という事は
昔から 情けは人の ためならず と言いますが

自分が救われる という事なんですね。

福島の震災で

学校に行けるのが 有難い
水道から 水が出るのが 有難い

というのが
子どもたちの 率直な感想であります。

子どもたち は 自分たちで集まって 
自分たちが 何かできる事 と
海外の 子どもたちに 作文や 絵を描いて 贈りました。
逆に 世界中から

日本のために 祈ろう という 動きがありました。

先の大戦で 日本は 戦争に敗れました。
日本は もう立ち上がれない と思われていたところが

見事に 立ち上がりました。奇跡の国。

21世紀 は 日本の出番が来る と
海外の方は 言います。



ほんまかいな と思いましたが

日本は 
和の心 とか
自然を 尊敬する 敬う心 がある。

いただきます

は 外国語には 翻訳ができません。
誰に 感謝しているのか が わからないからです。

動植物 には 生命 が あったんですよ。
お金を 払っているから 食べているんですけど

命を つくっているのは 人間ではないんですよ。

太陽 地球 空気 水
サムシング グレート が 生き物をつくって
私ども は ジャストヘルプ をしているだけ なんですね。

有難う も ただ単に
サンキュー! ではない。



有り難い事。
有る 事が 難しい。



ダライ・ラマ が 科学者 と対話をしています。



チベット の 厳しい弾圧が あったからこそ
人間は 厳しい時こそ スイッチ が入る。

遺伝子は
38億年前から 1度も 途切れる事なくあるんです。

おそらく 海で生まれたの だと思いますが

灼熱も 氷河も 何度も来ています。
飢えも 寒さも かいくぐって
恐竜も出てきて 38億年の 歴史 が養育されている。

だから 命は尊い。

そして
遺伝子の 暗号の中に 
利他的 な 暗号がある。

21聖紀 には 見つかりつつあります。

本当に 幸せになるのには
自分の事 ばかり 考えていては なれないと思います。



私どもの 遺伝子は

ノーベル賞ものの 物をもらった人と
隣の パっ としない おじさんは

99・5% みんな ほとんど違わないんです。

サムシング グレート は みんなに 可能性を与えたんだ。

命の親が
特定の 子どもだけを ひいきする わけがない。

違いは 0・5%。
ここを 問題にして 人と比較するのですが

しかし
日本人は 祈りの民族 です。
祈りと 医療 のついては 治療効果 に関りがあります。

アメリカの ハーバード・コロンビア で 研究された

祈り と 遺伝子 の関係。
瞑想 と 遺伝子。

祈りは 素晴らしい パワーを持っています。

それは なぜか。

目に見えないもの。
遺伝子レベルで これから もっと解明していく と思います。



それは サムシング グレート に通じるからです。

命の親。
遺伝子を 書き込んだのは サムシング グレート だからです。



引用・参考文献 / 
長沼敬憲さん 腸脳力 / 村上和雄博士 分子生物学者 他



祈り

天皇は 祈りの人 なんです。

2000年以上にわたって 
日本の国民 世界の安寧(あんねい)のために 祈ってきたんです。

戦争 災害が 起こった時は 

歴代天皇は

この 戦争 災害 が起こったのは わたくしの 不徳の致すところです


命がけで 祈りを捧げるそうです。



日本という国は 自由で 民主主義国家 なんだよ 
という説明で収まるのでしょうか。

日本という国は 皇国なんですね。

王 とは違います。
王は 
私が 俺が というものがありますが

昭和天皇 と マッカーサー元帥。
私は どうなっいてもいいから 
飢えた民を 助けて欲しい と伝えてくれました。

歴史 人物A リンク

歴代天皇もそう。

そして
平成の時代 の 戦争の慰霊の旅。 
災害が起きた土地には 
両陛下は 被災地に何回 足を運ばれたでしょう。

天皇には 私(わたくし)が 無いんです。
皇 というのは 私(わたくし)が無いんです。

昔は
それに仕えた 士(さむらい) を始め 
日本民族 というのは 滅私奉公 という 意識を持った 

全であり 個である事を 知っていたわけです。
世のため 人のため。そして 
情けは人のためならず。自分に戻るんです。

さざれ石。細かい石が
巌(いわお)となって 
ごつごつした 大きな 硬い 強い岩 となって



そして
苔(こけ)の 生す(むす)まで
永い 永い 年月。千の代に 八千の代 に至るまで



価値ある 守るべきもの があるんですね。



源平の合戦 あたり

平氏は 赤地 に金丸。



源氏は 白地 に 赤丸。



そして 
室町時代の 足利の 勘合貿易の船から
日本の船だ とわかるように

白地 に 赤丸 の 旗が見られるようになった 
という事が わかっているらしいんですが

本当は いつから日の丸 というのは
日の元つ国 という日本は 古すぎてわからない。

しかし
お米も お野菜も お魚も
そして お肉になる動物も 

太陽の光によって 
光合成された 葉っぱを食べて 育っています。
それを食して 私たちは
熱を発動しているわけです。

すでに 太古の人たちは 

太陽エネルギー の凄さを
天地万物の恵みの 有難さを 感じていて

色んな 尊いと言われるものは たくさんあるんだけれども
そこに
群を抜いて 特別なもの と言ったら

太陽 と言ったわけです。

そこで
太陽の神様の系譜(けいふ)が
日の御子(みこ)と言われた 天皇になってくるわけです。



なので 日本人は
大自然の摂理の中で 太陽というものに

畏怖の念
畏敬の念
親愛の念 を持ったわけです。

日の丸 自体の歴史は 2000年以上 と永いのですけれども

天照大御神様(あまてらすおおみかみさま) は 日の神。
日本国 を示すもの 太陽。 
だから
陽の光として

そして 
月読命(つくよみのみこと)の 月の反射の光と

その両方が
平安時代 以前から 天皇の印(しるし) としての 

赤地に 金 と 銀の 
錦の御旗(にしきのみはた) があったわけなんです。 



ところが
国旗 として 法律に定められたのは 
1999年
平成11年 の 国旗国歌法 として 初めて法制化されました。



国旗掲揚 と言っても どこの法律に書いてあるんだ
神話 はぁ?

なんて言う人々がいて

実際に 広島の学校などで 命を落とす
という 大変な事がありました。

だったら 法制化しますから って事で
きちんと 条文で書かれた というんです。

国旗 というものは 
その国 そのものを背負っている というものですから

国家のアイデンティティー 同一性
そのもの になってくると思うんですんね。

象徴 なわけです。
国旗は ただの布切れ ではないんです。

日の丸 を見ると 
日本人である という想いが 湧いてくるんですね。



なので
国旗 というものは
理屈 理論ではない 大事なもの なんです。

スケートの 羽生結弦(はぶゆづる)選手が

国旗 と 荷物を持っていたわけです。
そこに
突然 インタビューでマイクを向けられ 荷物を置こうとした。
自分の荷物は 地べたに置けても

国旗は 地べたに置けない。

そうして 羽生選手は

国旗 国旗 これ 
ちょっと持っていてください。地べたに置けないから。

と言って
誰かに持ってもらって それでインタビューを受けた
というシーンがありました。



何気ない 1言なんですけれども
若い世代の子が 

国旗は 大切なものなんだと

ただ とっさですら あまり考えないで
パッと無意識に 下に置いてしまう なんて事も 
起きたっておかしくないんです。

生半可な意識 ではなくて
国旗とは こう扱わなければならない という事が
パシッ! と身に入っているわけですよ。

だから
とっさの時に パッと そういう言葉が出てくるんですね。
これが カッコイイわけですよ。

常識的な事を 常識的に そつなくこなせる人 って 
そういません。

型を持っている人が 型を崩すから 型破りなんです。
型が無い人が めちゃくちゃやったら 型無し。

日本人として
基本ができている
これは絶対外さない という 
これは とても大切な事です。

奇抜な事をして これは自由だ!なんて
メダルを噛む とか カッコイイように見えて 
実は カッコワルイような気がします。

現代人は 死生観が 無くなってしまったんですね。

どう死ぬのか を 考えないと 逆に
どう生きるのか がわからない。

死 という言葉を 使わないとすると

今日も 命があって よかったですね

という事です。

今日も 命があった。



それを 毎日繰り返していると

自分は いつか死ぬんだ と気が付く。
自分が
この世に 存在しているんだな と感じる。
逆に 死も実感する。

死 というものが
自分の中で しっかり 根付いていなければ
生きている事さえ 気が付かないんです。

天が この人間を 生かそう と思ったら
死のうと思っても 死にませんから。
いつ死ぬのか わからない。

では
この人生

何のために 生きているんだろう
という事になってくるんです。

いつ死ぬのか わからない人生だけれども

いい人生 幸せになりたい と 思うじゃないですか。

そうすると 次にくるのは

1日 1日 を大事に生きよう。
日々新(あらた)

という事になってくるわけです。



そして

命が終わっても 魂は終わらないわけで
その
魂を いかに残すか。残すような 魂になるか。

肉体は消えていくものです。
生きている間は こうなってほしい と 念じるものがあって

自分以外のものに 命を使っていこう
という

祈り 願い がある。

それを 持っている以上 必ずそれは

波動

となって 残っていくと信じる。

それはどうしてか と言いますと

先人の 祈り 願いが 生きていたからこそ
自分の 祈り 願いが 誰かが キャッチしてくれるかもしれない。



それが
日本の 建国の体(てい)。

日本という国は どういう国ですか?
日本とは 何か?

と 1言で 問え と言われれば

明治時代 の 熊本県出身
当時の
法制局長官 井上毅(いのうえこわし) は



大日本帝国 ハ 万世一系 ノ 天皇之(これ) ヲ 治ス(しらす) 所ナリ

と 答えました。

古事記 日本書紀 の中で

天照大御神様(あまてらすおおみかみさま) の命(めい)により
孫である
邇邇芸命(ににぎのみこと) が 地上世界に 下りてきますが

地上世界を しらせ

命令しています。

その邇邇芸命(ににぎのみこと) の曾孫(ひまご) が

神武天皇(じんむてんのう) です。

神武天皇は 天照大御神様 の命令に従って
地上世界 で 日本の国を

しらす

事になります。
以来 
神武天皇 が 日本国を 治めてきました。



しらす の意味は

天皇が 広く 国の事情を お知りになる 事で
自然と 国が1つ に束ねられる事で

天皇が 存在する事によって
自然と 国がまとまるという 

和 の精神に 即した言葉です。

元は 知らす です。

国のこと 
国民のこと 隅々まで 知りなさい。知る という事。

知る と 祈り たくなる。

災害で 困っている人がいる。苦しんでいる。悩んでいる。
早く 元通り の生活になりますように。

心傷んでいることを

わかっているよ
頑張っているな
上手くいくよう 一緒に祈ろう
努力しているんだね
知っているよ

など



知ると 意識が そこに向きますので 祈りたくなるわけです。

天皇が
知って 知って 知って 知り通す。

知ってくださっているからこそ
私たちも

じゃあ 頑張ろう!
安心していただこう! と思う。

なにも 
頭のいい 帝王が 思いついて

あれやれ! これやれ! 
って言って 指図(さしず)を 出しているわけではないんです。

知ることで 国を 知らす事によって

自ずと 国を束ねてきた。

これが 日本なんです。
だから
2000年以上 国が続いているわけです。

東日本大震災 で見せた 

共助の力 を

海外の人は 絶賛するわけです。

武士道精神 の 教育はしていないのだけれども

武士道
という 精神 が確立できた 基盤になっている 日本の文化。
それは どういうものかというと

自然と 人間の 共助。 共に 生きる 
と いう事。
自然と 人間が セットで生きている という事。
共に 創造を育んでいく。



今 そこに生きている人たち だけではなくて
そこを 築いてきた 過去の先祖 も含んだもの。

そして
人間が 理解しえないものを 神 と言った。

土地の神は 国津神。(くにつかみ)
宇宙 空 気象の神は 天津神(あまつかみ) と言った。

天 人 地 と 先祖と
今ある 人間のコミュニティと 自然。

これが
全部 一体となったものが 在所のコミュニティ。
これが ベース にあって

これを 守る必要 があって

精神 気概 が 文化として 確立されてきて
武士道の 精神 をつくった。



神話 を読んでも
大国主(おおくにぬし)の大神様 を始めとする
元々 日本の土地の 国造り をした 国津神(くにつかみ)。

神様たちは おそらく
小さなコミュニティを つくり上げて

今度 それを
どう 統括 するか という時に

天孫降臨(てんそんこうりん) という話 になるのですが

個人が支配 という構図は好くないと思われた。
そこで

知ろしめす という 天皇の統治 が始まった。

西洋的な概念は
支配せずに 統治する なんてあり得るのか
という 疑問があるそうです。

ここが 日本の特徴的なところで
例えば

日本の 神社は お願いを聞いてくれる 
聞こしめす。

振る舞いごとを 見ていて下さる
見そなわす。

人々の 心情を 知ってくれる
知ろしめす。

神様は 何も言ってくれないんですね。
ただ
受容 してくれる。

それに対して
日本人は どういう 態度 をとってきたかというと

感謝

するんですね。



今年の 豊作を 一生懸命に 自分たちが努力してきて
秋には 新嘗祭(にいなめさい) に 神様に まず捧げて
感謝 をする。

ここが すごく特徴的で





海 山 の 幸(さち)に 感謝 をする。

何を 指示された訳でもなく
何かを 命令された訳でもなく
何かを いただいた訳でもなく





自分たちの 願いを聞いてくれて 自分たちが努力して
それに 感謝する。

それが たぶん
天皇の 知ろしめす という統治が可能になっている 原理
なんですよね。

そこには 非常に 大事なものがあって
武士道 は 騎士道 のように

奴隷 みたいな人たちが 上から 命令 されて
何か 特権 を与えられて

これあげるから こうしろ
という
支配 される 

うしはく ではなく

日本人は 自分から その国を守る。
という
主体的な意思 で 任務に就く という

この精神文化が 基盤になっている と思うんですね。
ここが
武士道精神の ものすごく大事なところ だと思っているんですね。



神様の存在 
自然を敬う というか 先祖を敬う というか

そういう気持ちが 根幹にないと
何に対する 感謝 報恩 という
恩義に 報いまつる という 想いになれないかもしれない。

それは
今のように 交換価値で マネーで契約する。
損得勘定 とか

という性質とは 全く根本から違ってね

何かを もらったから 支払う というものではなく

くれた
という その 心 に対して

何か 返してあげたい という 奉仕精神。
これが
日本文化の中の 大切なところ だと思うんですね。



日本の武士 というものは
自分の中で そういう 心情 を
より強く 自分の中で 育成させて
その価値 というものを

最後には 自分の 命 を報じても
それは
意味あるもの だとして

ここまで 昇華(しょうげ)した という事が
武士道精神 と 言われるものの 根幹 じゃあないか と思っているんです。

ヨーロッパ
アメリカ の人たちは

いろいろな思想的な 考えの中で
フランス で言えば

ルネ デカルト という 
哲学者 数学者 的な



合理主義 な 哲学が主流で
でも
オランダの スピノザ という 哲学者がいて



精神と 肉体は 一体なんだ と言う人もいました。
ただ
ヨーロッパ は 宗教時代。

昔の
キリスト教時代は 精神 と 肉体は 分けて考えていましたが

デカルト の思想になった時は
肉体のほう 目に見えるもの のほうが 優先でした。

これは 今の日本の 現状ですよ。

肉体 物質 の 安全さえ確保したら
精神 なんか どうでもいいと。

でも
日本の 本来の文化は 精神 も 肉体 も 一緒なんだという事でした。
しかも
日本人の 死生観の ものの考え方で
ヨーロッパの人が 非常に関心を持つのは

生命の循環

という考え方なんです。
つまり
死んだら 終わり。 ではなく 命は 循環する。



例えば
神道式 の葬儀に行くとわかりますが

○○の命(みこと) に なるんですね。

私の生命。
生が 無くなって 命(いのち)だけになるんです。

物質 としての私は 朽ちて地球に戻る。
還元 するんです。

じゃあ
魂は どうなるのか。これは 天 に帰ると
つまり
エネルギー ですから 空間に 拡散されるわけですね。

何を馬鹿な話をしている と言うのですけれども

じゃあ
エネルギー保存の法則 を習いましたか?



エネルギー というのは
熱が 突然無くなったり
質量 運動エネルギーが 突然無くなったり

という事ではないわけで

例えば
宇宙の キラキラ輝いている 星だって
すでに今は 物質として 形は無いのだけれども

バンッ! と その時に放った 
光 と 熱 というものを 我々は見て

あぁ お星さまだ と言っているだけで



人間は 
その星のような 強烈なエネルギーは 無いけれども
同じ事です。

死んでも 生前に放った エネルギー があるわけですよ。

何かの形で たぶん保存されているんですよ。
それを

神道では 命(みこと) と言って
天から 生まれて 
天に 帰るんだと。

これは 
最先端の
ジュネーブ素粒子物理学 の 研究所のほうが 
全く同じ事を 言っていて

宇宙は そういうものだと
エネルギー が循環して 
物体になったり 非物体になったりしているのだと 言っているんですね。




そういう考えがありますから
そうすると

死ぬ という事は
次への循環 であって 終わりではないんです。

これは
死生観 を 認識することの上で 重要な事です。

この事を ドイツの子どもたちに言ったら

だから 日本人は 死を 恐怖しないんですね。
と 言っていました。

つまり
共同体 のために 自分が 犠牲になる という事は
完全なる 自己放棄 ではなくて

共同体 という 生命体の中で その中には 自分もいて
自分を 失ったから といって
共同体 から 自分がいなくなるわけではない。

そう考えていくと 死 というものは
恐ろしくて 回避すべきものでもない 嫌な事でもないと。
これは
ヨーロッパの人に言ったら よく理解してもらえる。

日本人は
死を 恐れずに戦えたのは

そこがあったから というのは
古事記を 読んでも
楠木正成(くすのきまさしげ) の話も よく語られるわけです。



だから
その 精神を消されたんだと。

日露戦争 の時の
イギリスの記者 マッカラ が 日本人の 戦いぶりを見て



何という 精鋭無比。
こんな連中と 恐らく 

ロシア人
フランス人
イギリス人
ドイツ人

どこの民族が 戦っても 絶対に勝てない と。

だって 彼らは

死 というものに対して
雨に 濡れる程度の事

にしか 感じていないんじゃないか。
こんな 恐ろしい民族とは 戦えない。

と 手記に書いてあるんですね。



ここが 彼らの 日本人に対する 畏怖(いふ)なんですね。
畏れ おののく。

それを 封じ込めるために

占領下で
あの手 この手で 日本の民族的な 文化というものを

どうやって 跡形も無くしていくのか 
という
色々な 占領政策の努力があったんでしょうけれども。

日本人が 目覚めたら 怖いぞ という。

しかし
日本人の方も
たかだか 占領 約7年で 



こんな 記憶喪失 になるなんて
ちょっと 情けない話ですが。

戦争や 災害など 何かあって 
国を捨てて 逃げたろ という国は 滅びます。
どこに逃げても

残る桜も 散る桜 なんです。

だから これから 日本を考える時に
1番 大事な所が 精神性 のところだと思います。





引用 参考文献
石原真理子さん / 荒谷卓さん / 神谷宗平さん / 表博耀さん ネオジャパネスク / 竹田恒泰さん



惟神(かむながら かんながら)

なぜ 自分が ここに存在しているのか。
なぜ 生命を 持っているのか。生きているのか。

忙しいと そんな事はあまり考えないんです。
忙しい という字は 

心。 りっしんべんに 亡 と書きます。心が亡びる。

何のために 生きているのか。

生命は
生きる 命 と書きます。

生まれてきたら 命名 と 名前を付けてもらうんですね。
名前が 付いた時から 使命 がこの世で 始まっているんですね。



お七夜(おしちや)参り。
お宮参り をしますね。
神様に 報告をして その人の使命が 始まるわけです。

名前は みんなに呼ばれていくわけです。

自分が 約束してきたであろう 命(めい)。
神様が このように 生きてみろと この世に送り出してくれた 命(めい)。

人間は 子宮 という 宮(みや)に
1番最初に 入るんです。

10月10日(とつきとうか) お母さんの 子宮で育まれた上で 
この地上界 娑婆(しゃば) に出てくる。

この世に出て 
この世の 修行をするのに 
お父さん お母さん を 自分で選んで出てくる 
と いう事のようです。



鎮魂帰神(ちんこんきしん)
と言って
 
うろたえる 右往左往する
恐れる 悩む 恐怖心 迷う
怒り 恨み 妬み

そういう 
頭や 心 知識 では 押さえられない
理屈抜きに 湧いてくる 心の奥の 想念。

荒ぶる魂を 鎮める(しずめる)。
魂を 鎮めて 元のところに 帰っていく。

神様の 
本来の 気に 帰っていく事によって 得られるものが

元(もと)の気。元気 なんです。
穢れ(けがれ) は 汚い というのではなく 
気が 枯れてきているから 
改めて 元(もと)の気 をいただけるように
そこに 帰っていく。

神様 という言葉が ナンセンス と思うのであれば
大自然 とか 



宇宙の何か とか。 



そういう 
人為を加えない 神のミチを 
惟神(かむながら かんながら) と 先祖たちは言ってきたわけです。

色々な考えがあって いいと思いますが
どんな考えであっても 

毎日の祈りを 具現感のある
前向きな 明るい光が訪れるような
夢 と 希望 を持って

この地球上 をつくっていく。

神様 と 人 の性質は 同じなんです。
神様も 計画があって

トライ & エラー で 
全ての 全てを 造り上げてきたんだそうです。



聖書 の
蛇 の誘惑で
アダム と イヴ が 欲に負けて リンゴを食べてしまった。



神様から見たら 約束破り という感じでしょうか。

日本の 古事記 日本書紀 の
記紀神話 によると

ドロドロ の地球 を創った。
でも
なぜ 創ったのか は書いていません。

天地 いまだ分かたざる時
と 言いますが

天 と 地 は 分かれていくわけですね。

科学 の
重たいものは 下に沈み 
軽いものは 上にあがる。
という 
自然の摂理と 同じです。



そこに 自分の分身たちを 送り込んだ。
その 
1番初めが 夫婦神(めおとがみ) の
伊邪那岐神(いざなぎのかみ) と 伊邪那美神(いざなみのかみ) だった。

そして
島を造り 国を造り 人々を造った。
その中で

黄泉の国(よみのくに) と 現界 に分かれて

黄泉の国の 1000人 は死に
現界は 1500人 生まれる

という バランス。循環 という システムで 
人間が 
増えては 減り 
減っては 増え

が 繰り返されてきた。

分身である 人が
欲のままに 好き勝手にしては  
自然の摂理の バランスが 崩れるわけです。



土地を返すのは 不動産屋に さら地にして 返すでしょう。

では 神様から
穢しに 穢した大地を きれいに 元に戻して 返してくれ
と言われたのなら 

どんな状態 状況が起きれば きれいな さら地になりますかね。

恨み 妬み 嫉(そね)み 支配欲 名誉欲。

小さなものは 家庭から 
大きくは 国と国。
欲の 赴くまま 争いをして 対立をして。

神様は 決して 
そうだ 地獄をつくろう!
と言って 
この世を つくったのでは ないと思います。

人間の欲が 謎の暴走をしてしまった。



努力して 精進して いつ 闇のトンネルから抜けれるんだ
という事が たくさんあります。

しかし
必ず 明るい未来が やって来るはずです。
信心 というのは
自分に中にある 神性。 神を信じる という事なんですね。

そして 見えないお蔭様に
感謝して 詫びて 実践して 報恩 に生きれば
ある時期が来たら 導かれるんです。導けるんです。

薩摩藩 の印は 
地球に タテ と ヨコ に 十字が記されています。



時間軸と 空間軸。
火 と 水。

十字架も 



上から タテ。 
左から ヨコ。

神のミチ というのは 
実は リアリティーのある 神と共に歩む道。
本能的に 誰もが知っている 生活様式なんです。
そして
超科学 なんです。

哲学的に 宗教の団体っぽくなったのは
平安時代 から 室町時代

吉田兼倶(よしだかねとも) 
という人がいますが



この
吉田神道 の人たちが 体系化をしていったわけです。
神道哲学 みたいに なっていくわけです。

本当は
縄文時代 から 元々 惟神のミチ は
大自然の摂理 であり
神の 意思のまにまに という事。

それを
日本民族は 営んできたんです。

しかし あまりにも 
物質に囲まれた 
便利さに囲まれた 
という生活を送るように なってしまった。 
そして
歴史的 背景によって

記憶喪失 になってしまったんですね。

目覚めよ という事 なんです。



ノーベル賞 をとった
フランスの 博物学者 ファーブル も
昆虫の中に

科学では 考えられない 
完璧な 自然の営みの 習性がある と言っています。

人間が
下等生物 と 勝手に思っているものも
自然の摂理に 合った生き方 をしているんです。



誰が教えたのか

という事です。

自然界からの メッセージ
気付き を
生かされている事の 感謝 を

積み重ねていく事が
惟神(かむながら かんながら) のミチ の法体系 という事なんです。

それが
なかなか 積み重ねて
実践していくのが 今の時代 なかなか出来にくい。

なので
術(じゅつ) を みんなで使えるようにするのが

道(どう) というのです。

道(みち)にすると 歩ける という事です。



術(じゅつ) とか 
法(ほう) とか 
業(わざ) とか
技術 を伝承して 

目に物を見せて わかりやすくして
人類の 財産化をする というのが
文化 文明 と言います。

世界の それぞれの 地域で
発達 伝承 されてきた 文化 文明。

その
代表 となる人が 先達(せんだつ) として
それぞれの 時代 時代 に
聖雄聖者 と 呼ばれる人たちが 口伝などで 伝えて来たんですね。

古事記 で言うと
天照大御神様(あまてらすおおみかみさま)が 
天の岩戸(あまのいわと) に 隠れられた。
そして
世の中が真っ暗になった。



何とか お出まし いただかなくてはいけない。

そこで 大プロデューサー 
八意天思兼神命(やごころあめのおもいかみのみこと)が
天の安河(ままのやすかわ)に 神々を集めた。

どうやったら
世の中の みんなを明るく 仲良くさせる事ができるか。
そして
天の岩戸(あまのいわと) に 押し込めてしまった
正しい 神様に お出ましいただくのか。

今も そうです。
生かされている事を まず感謝して

古事記の
須佐之男命(すさのおのみこと) の 謎の暴走と同じく
自分たちの 勝手気ままに して来た事を
詫びる。

その根源の 祈りの形が 魂の救い。



神話 で言われている 表現 としては 神楽(かぐら)。  
そして 
各地域 共通である 未来永劫 受け継がれる
惟神(かむながら かんながら)の 伝承なんです。

赤 と言っても

オレンジ色
紅色 と 伝わり方が違う。
でも
突き詰めていくと  
どうも
赤 の事を言っているようだ。
という事なんです。

赤 という 神理。真事は 揺るぎないものですが
そこに
到達 するのには 登山と同じで
登り口 が 色々あるわけなんです。



それが 人の知識 とか 個人の好みで
こうだから これに反する事は 違う となると
対立 になるわけです。

神籬(ひもろぎ) の 
ひ は 神霊(しんれい)
もろ は 神霊が 天から下る。天下る(あもる)





き は 神の依る木 



磐座(いわくら) も
神様の 依り代(よりしろ) が 岩や石。峰 山。 
ストーンサークル なども そうなんでしょう。

御神霊 が そこに宿る という事です。



ただの モノ ではない。
奥義 としての やり方があり 霊が宿るんですね。

しかし 伝承が 途中でおかしくなると
生きた教え が 死に体になるわけです。



生活様式での 
毎日 毎日の 動き というのが 
実は その人物を造っているんです。

清らかで 明るい 正しく 直く 
真で 善い 美しい

という
太刀振る舞い に変わると 目線 が変わるんですね。
自分の 見えるもの 聞こえてくるものも 変わってくる。

人の出会いも 変わって来る。

なので
祈り というのも 作法がある というのは

その人の 動き 習慣。

これを もう1度 整える という事は
日本人が 日本人たる考え方に 戻っていく。
だから
作法 摂理 先例 伝統 を あまり馬鹿にしてはいけない。
ただ
形骸化してしまったものは 削除していく。
そして
時代が変わっていくので 足らないものは 付け加える
という事を 行っていかないと 古いだけのもの になります。



仏教も 本来は
死んだ人を 礼拝する。
古(いにしえ)。亡くなった 故人 を大切にするのが 
仏教の仕事。儀式だけのものではありません。

神様のミチ は 常に未来 を創り出す
本当は
超 科学なんですね。

そして
私たちの 身体の中にも
全ての 自然の摂理が 詰まっている。

何万という 微生物でできている。
人為的に いじっても 



自然と同じで 元に戻ろう とするんです。
戦ったら 自分も亡びるんです。

オリンピックの開会式には

是が非でも 晴れさせなくては と
空にロケット弾を 何千発も撃って雲を消す。

人力で 自然に対抗する。
ヤバくないですか この発想。

日本は 
天皇陛下がいらして下されば 晴れるわけですから。
天皇陛下は 大の晴れ男ですから。



天皇晴れ という言葉もありました。

本当は 自然とは一体のもの。
古代の 先祖からの歴史が
遺伝子レベルで 伝わってきているんです。

中今(なかいま)
という言葉 がありますが

過去が あるから 今 がある。
今が あるから 未来 がある。

今を 大事に生きてこそ 大事な未来が来る
と いう事です。

何となく 惰性(だせい)で 生きていると
日々が もったいない気がします。

全く 無駄に生まれてきた 生命体は 1つも無いからです。

意味があり 使命 があるんです。
それを 1つずつ 時間をかけて 全うしていく。

それを 一生懸命 一所懸命 生きていく事によって
それが 終われば 死 というものを 向かえます。

使命を 果たして行けば 卒業 を向かえるわけです。
卒業 するに当たり 
あの世の 自分で行く所を 
自分の 心根次第で 自分が 決めて行く という事になります。

使命を 果たしたら 感謝 を残して あちらに旅立つ事ができる。
肉体は 死んでも 
魂は 死なない。



こういった 摂理が 古伝から 伝えられてきているわけです。

生活 をして行く上で お金は大事です。
しかし
お金 は 媒介物 で
お金 を食べるわけには いきません。
そして
循環物  ですから
世のため 人様のために 感謝して
きれいな 使い方 をする。

物 金 名誉 欲 に囲まれて 執着 を持って生きて
そして 死んで行く という人も いらっしゃいます。

生きている
という事 の根幹 を 掴み直して 

萌芽(ほうが) の中は 柔らかく 
夢と 希望が 詰まっている。
その 萌芽を 勇気を持って 割って
行き過ぎた欲 という 我(が)を 取って

良かっ種の芽 を出して行きましょう。



惟神(かんながら かむながら)の
神代(かみよ)さながらの 自然の生き方。
1mmの揺らぎの無い 不安も何もない境地

に行くには 
簡単な事ではないと思います。
現実に生きていると 色々と起きてきますが

自然に委ねて 
人がつくり上げてきた 善き文明 文化をプラスして

本当に 幸せな生き方は 何か 
価値ある 守るべきものは 何か
を 
考えてみるのもいいと思います。



引用 参考文献 / 表博耀さん ネオジャパネスク 他



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